東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2097号・昭39年(ワ)8999号 判決
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〔判決理由〕一 <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
被告は、戦前から出版業を営み、戦後は専ら自衛隊関係の書籍の出版を行つていたが、そのうち自衛隊の教官から新入隊員に行つている工機教育に使用する自動車関係の書籍の出版をすすめられるに至つた。そこで、教官から書籍に盛り込む項目について指示を受けたうえ、執筆者を物色し、東京都立蔵前工業高等学校の機械科長から推せんを受けた同校機械科機械設計、製図等担当教師原告および同原動機、自動車構造等担当教師訴外赤羽四郎に対し執筆すべき項目を告げて原稿の執筆を依頼し、自ら蒐集していた資料を執筆の参考資料として渡した。原告等は、原稿の執筆に着手したが、以前参考書を執筆して出版したことのあつた原告は、その時の経験から被告に対し出版契約の締結を要求し、赤羽および被告と協議のうえ昭和三三年一二月頃執筆者を代表して被告との間に、著作物の題号を「自動車構造教範」とし、これにつき原告等が著作権を、被告が出版権をそれぞれ取得すること、原告等において昭和三四年一月末日までに原稿の執筆を完了し、被告において同年三月末日までにこれを出版すること、被告は原告に対し印税として発行部数に応じ定価の八パーセントに相当する金員を、初版分につきその発行一カ月以内に、再版分につき発行当月より毎月三回に分割しそれぞれ支払うこと等を内容とする契約を締結し、その旨を記載した契約書(乙第二号証)を作成した。ところが、原稿の執筆が進むにつれて、所期の目的にかなつた書物の著述が困難なことが判明して来たので、被告は、当初の方針を変更し、自衛隊に限らず広く一般向けに通用する書物として発行することにし、原告等もこの方針に沿い、原告において車体構造に関する部分を、赤羽においてエンジンに関する部分をそれぞれ分担執筆して原稿を完成した。被告は、この原稿に基づき昭和三四年一〇月一五日原告および赤羽の共著と表示して本件(1)書物を出版したが、その題号は、原告等と協議のうえ「わかりやすい自動車の構造と取り扱い」と定め、その後販売政策から「自動車の構造と取り扱い」と変更した。
<中略>
以上に認定した事実によれば、被告は、原告および赤羽の両名に対し被告の発行した本件(1)書物の発行部数に応じ定価の八パーセントに相当する金員を支払う義務があり、なお、特段の事情の認められない本件においては、この金員は原告と赤羽とに折半すべきことになる。
二 <証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、次の事実が認められる。
被告は、本件(1)書物に続き「自動車学科模擬試験問題集」と題する書物、「交通法令教範」と題する書物の出版を次々と企画し、その編集ないし執筆を原告に依頼した。そして、被告はこれ等の出版についても原告との間に本件(1)書物の場合と同様の印税支払契約を締結し、原告の編集ないし執筆になる原稿に基づき、昭和三四年二月頃「学科模擬試験問題」と題する書物(乙第六号証)、昭和三五年初頃「交通法令教範」と題する書物(甲第一三号証)等を出版した。さらに被告は、本件(1)書物の内容が詳細で程度も高いので、これを集約して必要最少限度の事項のみを残した簡単な書物とし、主として自動車教習所において使用する教科書として販売しようと企画し、各地の自動車教習所の要望を調査し、これに基づきその執筆を原告および赤羽に依頼し、これに基づき原告等は、原稿の執筆に着手した。ところで、被告は、この原稿については一時金による買取りを希望していたので、原告は、赤羽に対し被告の意向を伝え、その執筆する原稿を金五〇〇〇円で被告に売り渡す約束をさせたが、自らは被告に対し従来の例にならつて従前同様の印税支払契約の締結を求めた。これに対し被告は、難色を示したが結局昭和三四年一一月三〇日頃原告との間に、著作物の題号を「自動車構造教科書」とし、これにつき原告が著作権を、被告が出版権をそれぞれ取得すること、原告において執筆した原稿を被告において出版し、原告に対し印税として発行部数に応じ定価の八パーセントに相当する金員を初版分につき発行一カ月以内に、再版分につき発行当月より毎月三回に分割してそれぞれ支払うこと等を内容とする契約を締結した。そして、被告は、原告および赤羽の執筆した原稿を自動車教習所の教官に校閲補筆してもらつたりして昭和三五年中頃本件(2)書物を出版した。これに伴い赤羽は、原稿売渡代金として金五〇〇〇円の支払を受けたが、原告は、印税として金員を受領していた。
原被告各本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は信をおき難い。
ここに認定した事実によれば、被告が原告に対し本件書物についても印税としてその発行部数に応じ定価の八パーセントに相当する金員を支払う義務があることになる。
三 <証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、次の事実が認められる。
本件(2)書物は、被告の売込みにより各都道府県の自動車教習所等において自動車運転免許試験学科試験用教科書として使用されるようになつたが、各都道府県によつて運転免許試験に若干難易の差があり、試験問題のむづかしい地方の自動車教習所では本件(2)書物がいささか簡にすぎ十分でないとの意向を洩すものも現われて来た。そこで、被告は、この要望に答えるため本件(2)書物に必要な補足を加えた本件(3)書物を出版しようと企画し、その原稿執筆を原告に依頼した。原告は本件(3)書物の原稿の執筆に当つても、昭和三七年三月頃被告との間に、本件(1)、(2)各書物の場合と同様の契約を口頭で締結し、発行部数に応じ定価の八パーセントに相当する金員を印税として取得することにした。こうして、原告は、原稿を執筆し、被告は、これを埴田に頼んで校閲補筆してもらい、本件(2)書物を出版し、原告に対し印税の名目で金員の支払をしていた。
被告本人尋問の結果のうちこの認定に反する部分は信用し難い。
この認定事実によれば、被告は、本件(3)書物についても、原告に対し前同様の印税を支払う義務があるわけである。
四 さて、本件(1)書物が販売価格一部金一五〇円で、本件(2)書物が一部金六四円で、本件(3)書物が一部金八〇円でそれぞれ出版販売されたことは、当事者間に争いがない。
つぎに、出版者が被告か訴外会社かの点をしばらくおき、本件書物が昭和三八年に一五、〇〇〇部、昭和三九年(ただし八月まで)に九、九八二部、本件(3)書物が昭和三七年に三六、〇〇〇部、昭和三八年に一四三、〇〇〇部、昭和三九年(ただし八月まで)に三〇、〇四八部それぞれ出版されたことも、当事者間に争いがない。
また、昭和三七年に少くとも本件(1)書物が九、〇〇〇部、本件(2)書物が二四、〇〇〇部それぞれ出版されたことは被告の認めて争わないところである。
ところで、<証拠>によれば、昭和三七年六月二五日以前に本件(1)書物が一一、〇〇〇部印刷されていること、<証拠>によれば、昭和三七年八月一六日以前に本件書物が五〇、〇〇〇部印刷されていることがそれぞれ認められないではないが、本件口頭弁論の全趣旨によれば、この印刷された書物がすべて昭和三七年に出版されたとは認め難い。そして、この認定を左右し、本件(1)、(2)各書物が昭和三七年に被告において認めて争わない部数を超えて出版されたことを肯定するに足るだけの確証はない。
さらに、<証拠>によれば、本件(1)書物が昭和三六年に七、三八九部、本件(2)書物が昭和三五年に一〇〇部、昭和三六年に五六、七二二部それぞれ出版されたことが認められる。
なお、前記甲第八号証には「教科書」が昭和三八年二月に一〇〇部、同年三月に五、二九二部、同年四月に七、四〇二部販売された旨の記載があり、また<証拠>には、「教科書(自動車構造教科書)」が同年三月に一五、九〇五部、同年四月に八、四〇八部販売された旨の記載がある。しかしながら、<証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、昭和三八年一月には既に本件(2)書物の改訂版としてこれと題名のまぎらわしい「改正自動車構造教科書」と題する別個の書物が訴外会社により発行されていることが認められるから、前記販売部数をもつて直ちに本件書物の発行部数と認定するのは困難である。
また、前記甲第八号証には、昭和三六年に本件(3)書物が一、二〇〇部(一月に一〇〇部、三月に九〇〇部、七月に二〇〇部)販売された旨の記載があるが既に認定したところによれば本件(3)書物が出版されたのは昭和三七年以降のことであるから、この記載は誤記というほかはない。
更に、<証拠>には、本件(1)、(2)、(3)各書物の発行部数が記載されていることが認められるが、それが何年度の発行部数を記載したものであるか明らかでないので、これをもつて、既に認定した本件(1)、(2)、(3)各書物の発行部数とは別に計算すべき発行部数と認めて差支えないものと断定することはできない。そうだとすれば、これ等は、いずれも本件(1)、(2)(3)各書物の発行部数を認定する資料として採用することができない。
以上認定したところによれば、原告主張の期間における本件(1)、(2)、(3)各書物の発行部数は、本件(1)書物が四一、三七一部(昭和三六年の発行部数は原告主張の発行部数を僅か上廻る全体としてはなお原告主張の発行部数の限度内である。)、本件(2)書物が八〇、八二二部、本件(3)書物が二〇九、〇四八部であり、他にこの認定を左右し原告主張の本件(1)、(2)、(3)各書物の発行部数を肯定するに足りるだけの証拠はない。
五、被告が昭和三七年六月一日まで本件(1)、(2)、(3)各書物を出版していたことは当事者間に争がない。被告本人尋問の結果によれば、同年同月二日訴外会社が設立されたことが認められるが、本件(1)(2)、(3)各書物の出版に関してその後原告と訴外会社との間に出版契約があらためて結ばれた形跡の認められない以上、訴外会社の設立にもかかわらず、昭和三七年六月二日以降本件(1)、(2)、(3)各書物を出版しその印税の支払義務のあるのは、やはり被告であつたと認めて差支えないであろう。この認定を覆し被告主張のように訴外会社設立後本件(1)、(2)、(3)各書物を出版したのが訴外会社であるとの事実を肯定するに足るうる証拠はない。
六 そうすると、本件(1)、(2)、(3)各書物の出版に関し原告に支払われるべき約定の印税は、本件(1)書物につき金二四八、二二六円、本件(2)書物につき金四一三、八〇八円六四銭、本件(3)書物につき金一、三三七、九〇七円二〇銭であることは計数上明らかである。
ところで、原告が本件(1)書物の印税のうち金二四、八〇〇円、本件(2)書物の印税のうち金一三二、八〇〇円、本件(3)書物の印税のうち金六一、六〇〇円の各支払を受けたことは自ら認めるところであるから、これを前記印税額から差引くと結局、被告が原告に対しまだ支払つていない印税は、合計金一、七八〇七四一円(円位未満切捨)となる。
七 よつて、原告の本訴請求は、被告に対し約定の印税として金一、七八〇、七四一円およびこれに対する支払請求をした日の翌日であることが当事者間に争いのない昭和四〇年九月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当であるから認容するが、その余は失当であるから棄却……する。(古関敏正 吉井参也 小酒礼)